ブログトップ

父はヒーローではありません

zyamira.exblog.jp

中年だってニュータイプ!     さぁ!オマエの罪を数えろ!!

1年・・・・

東日本大震災から明日で1年です・・・。



TVでも新聞でも特集番組が放送されております・・・。



今・・・昨日録画した「自衛隊だけが撮った0311」という番組を見ています。いろいろやっていますが、番組タイトルで選びました。全部の番組を見るのは辛すぎます・・・また普通の番組では演出されてしまうことも考えられます。なのでこの番組だけ見ようと思ったのです。




私のつたない文章では表現できない地震災害の状況を、映像で改めて見ておりますが・・・・・助けられた命・・・助けられなかった命・・・。とても切ないです。



被災し、家族を失った方に自分自身を重ねて想像してみます・・・・自分の子供や妻が津波にさらわれてしまったら・・・・。そんなことを考えるだけで、大きな声を出してしまいそうになります。







去年の3月11日・・・・もちろん仕事中でした・・・。



大間では、揺れは大きくはありませんでしたが、とにかく長かったことは記憶しています。





揺れているときに停電してしまいました。携帯で見るTVで異常事態であることを認識しました。ほどなく避難指示が出されました・・・。


私たちは、町内の独居老人、老世帯を訪問して避難誘導を行う人。ウェルキャブ車両を使って車いすや寝たきりの方を避難所まで移送する人に分かれました。ちょうど1年前のチリ地震での大津波警報で避難勧告が発令されて、避難所まで移送した経験がありましたので、私はウェルキャブでの移送を行いました。


とにかく、海岸線にそって車いすの方の家に行き、避難所まで移送します。最初の家に着いた時点で波がせりあがってくるのが見えました。幸いに陸まで波は上がってきませんでしたが、第2波第3波がくるのではと恐怖を感じました。

とにかく、一人でもと思い急いで車に乗せて避難所に向かいました。


結局対象となる方の移送を終えるまでに1時間以上かかりました。とにかく携帯が通じないので、連絡が取りようがなく、その分もロスしていました・・・。いつ、津波がくるかも知れないという状況もありました。


まだ、大ババが存命でしたので、ババの避難支援に向かった時には、すでに施設の車が迎えに来たあとでした。私はそのときに家族が避難していることを知りました。

自分の家族は後回し・・・たまたま対象となる人にウチの大ババがおりましたので、知ることができたのです。また、津波の被害がなかったからすぐに知ることができたのですし、会うこともできました。





実際に被災していたら・・・・私の家族はどうだったのでしょうか・・・・。






私は・・・・。


















冗談ではなく、あれから時々思います・・・・。アニメのスーパーヒーローのような特殊能力があったら、津波を止められるのに・・・と。


父はヒーローではありません・・・。



自分のブログタイトルをこういう風に使うということを想像していませんでした・・・・・。



被災された地域の1日でも早い復興と、亡くなられた方のご冥福をお祈りいたします。


あの日、何もできませんでした・・・・ごめんなさい。
by kurosyuke | 2012-03-10 22:03 | おっさんのツブヤキ | Comments(0)